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山田家本屋

 周南市湯野にある山田家本屋はもともと戸田にあり、旧山陽道のすぐ近くに位置していた。山田氏は毛利萩藩の重臣である堅田氏の家臣であった。
 現在の山田家の鴨居には、楫取素彦の書も額に入れて掲げられている。楫取は前の名を小田村伊之助といい、吉田松陰と深い親交があり、松蔭の妹の寿子と所帯を持つ。その後寿子が逝去すると、同じく松蔭の妹で、久坂玄瑞に嫁いでいた文と再婚することになる。文は久坂が禁門の変で自害したので未亡人となっていた。後の楫取美和子である。
 件の書であるが、明治34年9月とあるので、楫取が72歳のときである。山田氏が戸田村の村長であったことからか、欧米の地方自治のことや議会制民主主義のこととかが書かれているように読み取られる。このときの8代目山田氏は、郵便局の設置や戸田駅の誘致に尽力をしておられる。
 このように山田家と楫取家の交流は続けられ、年賀状や手紙のやり取りもしている。山田家本屋では楫取美和子(文)の手紙も展示されている。
 では、なぜ両家の交流は始まったのか。5代目山田家当主のとき、代々明倫館学頭を勤めていた家に山田家から養子に入ったとのことである。同じく明倫館の同僚であった楫取との交流がこのときから始まったと思われる。
 また、6代目当主は国学を習っていて、山田家が山陽道にも隣接していることから、多くの尊王の志士たちが訪れたに違いない。和歌の会も頻繁に開かれていたようである。
湯野の山田家本屋には、このようにマニア垂涎の展示物がたくさんある。宮家からの拝領物の中で、ひときわ目に付くのが一弦の琴である。
 NHK大河ドラマ「花燃ゆ」が放映中の今、山口県建造物指定文化財でもある山田家本屋に、是非足を運んで見られたらいかがであろう。

by kanmoto | 2015-03-10 21:32 | お知らせ  

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